佐賀県伊万里市（大川内山）周辺
鍋島焼の歴史
鍋島焼は、佐賀藩（鍋島藩）が将軍家や諸大名への献上品、あるいは藩主自身の使用を目的として、直営の御用窯で焼かせた「最高級の磁器」です。その歴史は、有田で始まった磁器製造の技術が成熟した17世紀半ば、藩がより優れた環境と機密保持を求めて、山深い「大川内山（おおかわちやま）」に窯を移したことに本格的に始まります。
一般の市場向けに大量生産された有田焼（伊万里焼）とは根本的に異なり、採算を度外視して最高の素材と熟練の職人が投入されました。また、その製法は「秘法」として厳格に管理され、大川内山の入り口には関所が置かれ、陶工の出入りや技法の流出が固く禁じられていました。
江戸時代を通じて、「官窯（かんよう）」として完成されたその気品あふれる意匠は、当時の日本の磁器の最高到達点とされています。明治の廃藩置県により藩の庇護を失い、一時は存続が危ぶまれましたが、旧陶工たちによってその技法は守り抜かれ、現代でも「献上品の品格」を伝える独自のブランドとして、有田焼とは明確に区別されています。
鍋島焼の作風
鍋島焼の最大の特徴は、徹底した「完成度」にあります。献上品であるがゆえに、わずかな歪みや絵付けの乱れも許されず、厳しい検査を通過した非の打ち所のない作品だけが世に出ることを許されました。
- 色鍋島（いろなべしま）: 鍋島焼の代名詞。藍色の「染付」に、赤・黄・緑の三色のみで上絵付けを施すスタイル。余白を活かしつつ、計算し尽くされた緻密な図案が特徴です。
- 鍋島青磁（なべしませいじ）: 大川内山で採れる天然の青磁原石を使用した、深く透明感のある青緑色。その美しさは「秘色（ひしょく）」とも称えられました。
- 鍋島染付: 藍色一色で描かれる染付も、非常に洗練されたグラデーション（濃淡）を持ち、格調高い仕上がりを見せます。
- 裏文様と櫛目高台: 皿の裏側に描かれる整った文様や、高台（底）の周囲に引かれた「櫛目（くしめ）」状の模様は、鍋島焼の真贋を見極める際の特徴的な意匠です。
鍋島焼の主な作家
- 今泉今右衛門
- 小笠原藤右衛門
- 市川光山
鍋島焼を見に行く
「秘窯の里」と呼ばれる大川内山は、三方を険しい山に囲まれ、今も当時の関所跡やレンガ造りの煙突が残る、静謐な雰囲気を湛えています。
- 伊万里・大川内山（秘窯の里）: 30数軒の窯元が軒を連ね、石畳の道を歩きながら鍋島焼の真髄に触れることができます。
- 伊万里市・鍋島藩窯坂: レンガの煙突や陶片を埋め込んだ壁など、散策自体が歴史体験となる美しいエリアです。
- 伊万里市歴史民俗資料館: 江戸時代の貴重な古鍋島の名品を鑑賞でき、その歴史的価値を深く学べます。