京都市上京区油小路通一条下る
楽焼の歴史
楽焼は、桃山時代に茶聖・千利休の創意を受け、瓦職人であった初代・長次郎(ちょうじろう)が焼き始めたことに始まります。利休が理想とした「わび茶」の精神を体現するため、装飾を削ぎ落とし、手と火の力だけで作り出されたのが、世界でも類を見ない「楽茶碗」です。
二代目・常慶(じょうけい)の代に、豊臣秀吉から「楽」の一字が刻まれた黄金の印を授かったことから「楽焼」の名が定着しました。以来、京都の地で450年以上にわたり、一子相伝(父から子へ一人だけに技を伝える)の伝統を守り続け、現在は十六代目がその歴史を継承しています。
楽焼は、地域の産業として発展した他の産地とは異なり、あくまで「茶の湯」という特定の文化圏の中で、精神性を追求し続けてきた「家」の芸術です。その妥協なきモノづくりの姿勢は、今なお日本の伝統工芸の頂点の一つとして君臨しています。
楽焼の作風
楽焼の最大の特徴は、ろくろを使わずに手とヘラだけで形を作る**「手捏ね(てづくね)」**と、極めて低い温度で短時間に焼き上げる独自の技法にあります。
- 手捏ね: ろくろによる完璧な同心円ではなく、手のひらのぬくもりや微妙な歪みが、器に「呼吸」や「生命感」を与えます。手にした時の吸い付くようなフィット感は、楽焼ならではの魅力です。
- 黒楽(くろらく): 加茂川の石を砕いて作った黒釉をかけ、千数百度の窯から真っ赤に焼けた状態のまま引き出し、急冷させることで漆黒の質感が生まれます。利休が最も愛した「静寂」の象徴です。
- 赤楽(あからく): 赤土の上に透明な釉薬をかけ、比較的低い温度で焼いたもの。土そのものの温かみが感じられる、柔らかな表情が特徴です。
- 内熱性: 楽焼は焼成温度が低く、組織が多孔質(スポンジ状)であるため、熱が伝わりにくい性質を持っています。そのため、熱い抹茶を入れても器が熱くなりすぎず、お茶の温度も冷めにくいという、実用上の優れた利点があります。
楽焼の主な作家
楽焼を語ることは、楽家の歴代を語ることとほぼ同義です。
しかし本阿弥光悦を筆頭として、いくらかの楽焼に分類されるべき人がいます。
- 長次郎(初代)
- 本阿弥光悦
- 道入(三代/通称:のんこう)
- 了入(九代)
- 直入(十五代)圧倒的な芸術性と深みを持つ稀代の天才
- 十六代 樂吉左衞門(現当主)
- 小川長楽
- 中村通年
楽焼を見に行く
京都の市街地に、その歴史を静かに伝える場所があります。
- 樂美術館: 楽家の住居に隣接する美術館。歴代当主の作品が収蔵されており、450年の系譜を肌で感じることができます。
- 茶道資料館: 楽茶碗だけでなく、それを取り巻く茶道具全般の文化を学ぶことができます。
- 京都国立博物館: 国宝や重要文化財に指定された長次郎や光悦の作品が展示されることがあり、最高峰の楽焼を鑑賞する機会があります。